豊川市御津町(みとちょう)の「榎本はちみつベリーファーム」代表の榎本佐和子さん。榎本さんは「はちみつマイスター」の資格をもつ養蜂家で、無農薬ブルーベリー栽培などにも力を入れており、そのブルーベリーは将棋の藤井聡太八冠の勝負おやつに使われたことで話題になった。根菜類を中心とした季節の野菜や、烏骨鶏・名古屋コーチンの卵の販売なども行う、農業女子だ。
農業を始めたのは12年前。夫や義父の趣味が家庭菜園で、果樹や野菜作りを手伝ったことがきっかけだ。それまで農業にはまったくの無縁。子どものころは読書好きでおとなしい女の子で、大学では文学を専攻。卒業後はデザインや事務系の仕事をしていた。ただ家庭菜園は始めてみると楽しく、すぐに夢中になった。特にもともと植えてあったブルーベリーの栽培に熱を入れ、そのブルーベリーの花粉交配に使うミツバチにまで興味が湧くようになった。一般的に果樹農家はハチを購入し、飼育で増やしながら交配時期に仕事をしてもらう。榎本さんはハチの生態や飼育についてインターネットなどで学ぶにつれ、ハチの飼育がどんどん面白くなり、夢中になってハチを増やしていった。そしてついに養蜂をスタートさせた。
養蜂の方法は養蜂場を移動させない「定置養蜂」。巣箱をブルーベリー畑の一角に置き、ミツバチは行動範囲の半径約2キロを自由に飛び回ってさまざまな種類の花の蜜を集める。採れたハチミツは、加熱した輸入物と違って非加熱で、「その美味しさに驚きました」と榎本さん。農作物と同じように、ご近所さんにおすそ分けしたり、友人にプレゼントしたりすると、「購入したい」という声が届くように。年々採取量が増えていたことや、設備投資の額も趣味の域を超えていると感じていたこともあり、2012年に「榎本はちみつベリーファーム」を立ち上げ、ハチミツとブルーベリーの生産・加工販売事業を始めたのだった。
それを機にどんどん農業の魅力に引き込まれた。ブルーベリーの種類を増やし、採卵用の烏骨鶏を平飼いでのびのびと育て、サツマイモやジャガイモなどはほぼ無農薬で栽培。営業活動にも力を入れ、植物の生育についても熱心に学んだ。家族の協力を得て畑作業に打ち込み、作物はSNSを通じて個人販売したり、地元JAの産地直売所やフードオアシスあつみなどでも売られるようになった。さらにオンラインショップでの販売も好評だ。
マルシェやイベントなどにも積極的に参加してジャムやハチミツなどをPR。地元のケーキ屋さんや飲食店などで利用されるようになった。そんななか、2020年、豊橋市の「ホテルアークリッシュ豊橋」で開催された将棋の王位戦で、藤井聡太七段(当時)が、榎本さんのベリーを使ったタルトをおやつに選んで話題になった。
「生産から、びん詰めやパック詰め、販売まで自分で行う6次産業で10年間。いろいろと失敗もしましたが、結果もかえってきています。無理せずベストを尽くすことで今の状態を継続できたらなと思います」。農林水産省の「農業女子プロジェクト」のメンバーとしても広く活動してきた榎本さん。「全国で、もっともっと女性の農業者が増えるといいなと思います」。