日本習字の最高位免許「教授八段位」を持ち、書道教室を主宰し、アーティストとしても活躍している夏目珠翠(しゅすい)さん。「ことばで人の心に光をともしたい」と、書や絵画、童話など、ジャンルを超えた作品を発表して人々の心を豊かにしている。
幼い頃の夏目さんは感受性が強く、人としゃべることが苦手。しかし、恩師の「ことばには力があり、ことばで人は変われる」という教えに勇気づけられ、自信がない自分を変えようと、笑顔になる練習をした。そして、「わたしはできる」など自分に向けてプラスのことばをかけ続けた。そんな行動を積み重ねることで徐々に心が前向きになり、ことばの持つ力を実感。人からも「前向きになった」「変わった」と言われるようになり、とても生きやすくなった。その体験が「ことばで心を豊かに」という、今の活動のベースになっている。
書道は4歳から始め、高校生の頃には書道家への道も考えるようになった。さらに芸術にも興味があり、大学時代にはアートとしての書道作品や絵画も制作。「当時はまだまだ未熟な作品だったと思いますが、作品をプレゼントした友人が涙を流す姿を見て、私の作品で喜んでもらえることに感動しました」。大学を卒業後に豊川市内で書道教室を始めた。小さな子どもから大人までが通ってくる。「生徒さんがそれぞれの才能を発揮して、幸せな人生を送ってほしいと願いながらの指導です」。そのかたわら、SNSのインスタグラムで自分の思いや、影響を受けた人のことばなどを美しい毛筆やペン字で発信。顔も素性も明かさず、「一人でも誰かの助けになれば」と始めたが、夏目さんが発するプラス思考のことばに、国内外から約2.5万人のフォロワーが集まった。希望に応えて、前向きなことばを手本にした通信講座も開いている。
アーティスト活動では、大学時代に日本の伝統文化を学んだ経験などを活かし、墨の代わりに藍(あい)で文字を表現する「藍染め書」を生み出した。ニュージーランドのマオリ族の小学校で書道の魅力を伝える活動も行った。開催を控えていた初個展は新型コロナウイルス感染症の第1波と重なり延期になったが、その後、縁あって市内小田渕町の喫茶ギャラリー「わたなべ珈琲店」でようやく初個展が開催され、大評判。続いて東京都内のギャラリーで開いた作品展ではライブパフォーマンスのほか、雪が主役の創作童話を初発表。自信がなく心を閉ざしていた雪の子どもが、勇気を出して地上に舞い降りることで人々に喜びを届けるというファンタジーで、雪と夏目さんが重なる。「もともと小説家になりたくて、ずっとお話を描き続けています。いつかは絵本や小説を出したいと思っています」。
さまざまな活動を通じて地元での認知度も上がり、市内在住の会社役員、岩瀬崇典さんの歴史小説「渦巻いて」(文芸社)上下巻の表紙も任された。夏目さんはスピリチュアルスポットとしても知られる屋久島に出向き、現地で最もきれいだと感じた水を汲んで墨と混ぜる水に利用。島民にもらった草花を押し花にし、日の出の太陽やほとばしるエネルギーを表現した書、円相と組み合わせ、岩瀬さんの思いを表現した。試行錯誤を繰り返して夢中で取り組んだという。
「海外も含めていろいろなところに行きましたが、やっぱり豊川と豊川の人たちが好き。特に砥鹿神社の空気感が好きで日常的に訪れます。さまざまなインスピレーションが湧いてくるんです」と夏目さん。近頃は、講演会の講師や企業からの作品依頼もあり、充実した日々を送っている。「今後は書画作品や物語の制作、書道パフォーマンスも増やしていきたいです。書道家としてもアーティストとしても、誰かの心に光がともるような作品を、形にとらわれずにのびのび表現していきます」。